三回目の春

ことばは理解出来なかった。
でも、その雰囲気は十分過ぎるくらい伝わって。
急いで、その日もらったチョコを口に入れた。

Bonnlast_morning

何年前のことだったかと、思わず指折り数えてしまった。
そうだ、3年前だ。
それは、「もう」と呼ぶに相応しいような
いや、「まだ」や「たったの」と付け加える程度のもののような。

プラットホームで見かけた光景。
それは、大きなトランク
私の知らない言葉、それから涙。
彼らはおそらく短期間、この街で共に生き
そしてこれから、別々の土地で暮らす同志だろう。

私にもかつて、そんな別れがあった。

あの街を最後にした日。

旅立つ数日前に自分の部屋を引き払い
住ませてもらったmartinの部屋からの景色。
最後に食べた、ホットケイキの味。
もらった手紙。
「また会おう。」そう何度もいい、手を握った仲間。
冬の寒い朝に、駅で待っててくれた
あの子との最後のHug。

あれから、3年が経つ。

いろんなことがあったような
言うほど、そうでもないような。

3年が過ぎようとする今も、変わらないのは
ヘーゼルナッツチョコが大好きだということ。

そして、あの頃あの街で共に暮らした仲間は、
これからもずっと、ずっと
仲間であり続けるであろうということ。


今日見た彼らもそうであるといい。
そんなことを思いながら、
チョコレートの包み紙を
両手でぎゅっと結んだ。

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お誕生日は過ぎてしまったけれど。

27回目。お誕生日、おめでとうね。

ご縁がありますように。

お賽銭したくらいで叶うなんて
そんな簡単なことだと思ってないけれど。

断ち切れた、誤って切ってしまったご縁が
どこかで再び交差して、重なって。
そんでまた一緒に笑えたらいいな
なんて思うのは
あまりに調子が良すぎでしょうか。


大好きな詩人はこういうの。

”さよならは仮のことば
 思い出よりも記憶よりも深く
 ぼくらをむすんでいるものがある
 それを探さなくてもいい信じさえすれば ”

私はそう、信じてるよ。

はっぴぃさん。

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ポイントはきっと、待ち時間

おしゃべりがすぎる ことばが、多過ぎる。

つまりは、焦り過ぎ。

ことばがこぼれ落ちるのを
待たなくちゃ。

わかっているのだけれども。

いや。
わかっていないから、か。


おまけ。

言い訳ついでに、言っとくわ。

「待ちぼうける覚悟」だけはあるから。
覚悟しといて。

私はしつこいぞ。

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今日もこころに、「はっぴぃさん」を。

Happysan

今日もこころに、「はっぴぃさん」を。

そう言ってくれたあの子こそ
私のはっぴぃさん。

今、ここにはいない。
けれど
たまに訪れてくれて
こうしてこころを揺らして去って行く。


ルサンチマンを卒業したい。

そして、もっと
より強く
このこころを揺らしたい。


追記:

thank you sooooooo much !! Zon chan xxxx

今日からコレ、私の合い言葉にします。
「今日もこころに「はっぴぃさん」を!」ってね。
これが、私の「ルサンチマン脱却」の呪文のように思えてきました : )

本当にどうもありがとう。

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目と手

きみとなら、「闇の向こうの光」も「光の向こうの闇」も、
見にいこうと思う。いけると思う。

No_limit

虚栄心からではなく
好奇心から出た想いや行動。

それは、美しいものだと思う。

そういう風に生きている人に接すると
自分の生き方や考え方が
どうも泥臭く思えてね。


「いやいや。やっぱ結果これしかないんだわ。
 だから、そんな褒められたもんじゃないさ。」
「<好き>っていうことばは
 シンプルだけれども
 それっていいな、スキなんだわ。」

そんなことばをさらって吐いちゃう
そんなきみのことが大好きで
そして、友人としてとても誇らしく思うんだ。

願わくば彼らが
その想いをずっと携えて
このさきの日々を進んで欲しいと思う。

そして、その傍らに
この泥臭い私を置いてて欲しいと思う。


「光と影」from ハナレグミ
-- it's beautiful song ! respect for NAGAZUMI Takashi. --

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服毒と誓い

Himmel_in_berln

大事なことを教えてくれた。
そしてきっと
守ろうとしてくれた。


あの日飲み込んだ嘘。
数年、もしくは数十年かけて
かならず解毒してみせるよ。

そして仮にもし
そこに危機が訪れるなら
今度は私が。
手を差し伸べられる私でいたい。

その未来のために
飲み込んだってこと。
ここに書いて。
決して忘れないように。


その嘘が決してあのひとを傷つけることのないように。
私の意志が強いものでありますように。

願うこと、誓うこと。
ひとつづつ。

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everything's gonna be alright !

自分がたんぽぽの綿毛のように思えるんだ。

Fly_to

ほんとうは
飛びたくなんてなかった。
そのまま静かに地に落ちて
そこに太い根を下ろすつもりだった。

「欲しいものは 穏やかな暮らし
 当たり前の太い根をはやし」
 ・・・て、ね。

風が吹いた。

飛ばされて
飛んでいくのかな。

そしてここではない
別の場所に根を下ろすのか。

それとも。
ぐるりと一周して
帰ってくるのかな。

吹くなら
吹かれるなら
どうかそれが
「神風」でありますように。

everything's gonna be alright !!

そう。きっと、すべてうまくいく。

 ・ ・ ・

本音いうとね。
とても怖いんだ。

でも。

どんな風に吹かれて
どこへ飛んでいくとしても。
綿毛は種を持っている。
志の種を持っている。

どこに根をはろうと
そこで花を咲かせればいい。

ただ、それだけのことなんだって。

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虚栄心と冷たいコーヒーは口に苦し

Pray_for_japan


それは少し前。
とあるコーヒーショップで読書をしていたときのこと。

「あ!asamiさん。お久しぶりです。」

声をかけてくれたのはMちゃんだった。

その日私は、バレバレの嘘をついた。

机の上に広がる
LudwigやFriedlichのことばに痛く感動しては
「そうだ、そうだ!」と
頷いていた私は一体どこへやら。

虚栄心とはこうも醜く
そしてガチガチに錆び付いた汚れのように
ちょっとやそっとではびくともしないものなのかと
身震いがした。


「舞台に立っている限り
何をしようとも人は役者にすぎないのだ。」

嗚呼、Ludwig。
あんたの言う通りだよ。


嘘をついてまで必死に守ろうとしたもの。
それは一体何だったのだろうか。

Mちゃんと別れた数分後。
私は彼女にその嘘を謝りたくなった。

メールをつくりかけたが、すぐにやめることにした。

懺悔は自己満足にしかならない。


この先の未来にも、
きっと今この瞬間にだって
私の虚栄心はひょっこりと顔を出す。
ならば、今を、今だけを凌いだって、何の役に立つと言うのか。


「虚栄心を追い払うことは私にはできない。
ときにそれが不在となるだけだ。」

ならば私はどうしたらいいの、Ludwig。


まだ答えは出ていない。
ずっと出ないかもしれない。

できることなら、
永遠の「不在」をお祈りしたい。

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感謝をこめて。

こころからの感謝をこめて。


わじゃの皆様をはじめ、各地のご友人の皆様へ。

お忙しいなか、貴重な情報をお聞かせ下さったり、
また、マップや資料等を分けてくださったこと。
割いてくださったそのお時間と友情に。
こころから感謝申し上げます。
すぐに目に見える形にすることは出来ませんが、
いずれは形にする気でおりますので!
頂いた情報や資料からは、いろいろ学ばせて頂き
また、参考にしたい各地のアイデアを賜りました。

お礼は…
いつかの未来で形にして示すことにしましょうか!

もちろん、それだけではないお礼を
現在考え、準備中です。


何よりも嬉かったこと。

それはみんなの「反応」でした。

また、個別にお便りします。

本当にどうもありがとう。

オソラの向こう側で
あなた、あなたたちと
繋がる何が見えた瞬間でした。

こんなときのBGMは、やっぱりASH!
「繋がりsunset」or「運命共同体」やね!

え?大袈裟?
まぁ、いいじゃないの。笑

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brilliant world

Gritter

あるイベントで、とっても素敵なバックと出会いました。

外側は、とある貿易商から譲り受けたというコーヒー豆の麻袋。内側は亡きお母様が残されたという明るい柄の布。お洒落心と遊び心たっぷりのていねいなつくりです。

「材料費はほぼタダです。ごめんね。」

材料が歩んだ歴史があり、作家と出会い共に刻んだ歩みがあって。その道の途中で私が出会った。これから鞄と私が過ごすその日々の間には、小さな歴史が生まれるでしょう。それは少しづつ増え続けるし、もし誰かにこの鞄を譲る日がくるならば、またひとつ新たな歴史が刻まれることになる。


そんな、幾重にも連なる歴史に想いを馳せることができる。
そんなものを少しだけ、そんなものに囲まれた生活をしたい。


直感でするお買い物だって、あります。けれど、つくり手、売り手のお話を、こだわりと歴史を知ることができたなら。私は彼らから引き受けたその命をより大事にできる。

別のある日。
北海道の養蜂農家さんから蜂蜜を分けて頂きました。こんな時代でも、いえ、こんな時代だからこそ、嘘のないていねいなしごとをひたむきに続ける、彼の姿勢とその手が守った蜂蜜の甘さにこころ打たれたからです。

焼いたバケットにバターとハチミツ。シンプルで、でもこんな贅沢な朝が待っていると思うと、やがて迎える朝が輝かしく思える。

幸せとは、こういったことだと、私は思う。


追記。

テオ・ヤンセン展まで、
いよいよあと一ヶ月となりました。
こっちのリンクをはっておきます。)

ご興味のあるおともだち、いらっしゃいましたら是非、大分市へ遊びにいらっしゃい。
そして、鑑賞後はビーチアニマルと生命についてコーヒー片手に語り合いましょうね。

何だか長々と書いてしまいました。
失礼いたしました。

BGMはもちろん
THE YELLOW MONKEY !!

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